外箱/サイト「Sacha Guitry」(後述)より
ジャンヌ・ダルクからフィリップ・ペタンまで』(58min, 1944)
 De Jeanne d'Arc à Philippe Pétain


木製と思しき箱が置かれている。その箱には、斜めに切れ目がはいっており、顔の見えない人物があらわれて、その箱の上部をもちあげると、そこには一冊の書物が収まっている。手はその書物をとりだし、私たちが読めるように置き直す。*1


なにがはじまるのか?


見守っていると、手は表紙を繰る。こんな文字が印刷されたページが画面に映る。


DE MCDXXIX À MCMXLII
CEST-À-DIRE: DE JEANNE D'ARC À PHILIPPE PÉTAIN
CEST-À-DIRE: 500 ANS DE L'HISTOIRE DE LA FRANCE
OUVRAGE CONÇU, COMPOSÉ ET COMMENTÉ PAR
SACHA GUITRY


&


PARÉ DE TEXTES INÉDITS DE


PIERRE BENOIT・LE DUC DE BROGLIE・MAURICE DONNAY・GEORGES
DUHAMEL・ABEL HERMANT・JEAN THARAUD・PAUL VALÉRY
De l'Académie Française
RENÉ BENJAMIN・PIERRE CHAMPION・LÉO LARGUIER
J.-H. ROSNY JEUNE・JEAN DE LAVARENDE
De l'Académie Goncourt
COLETTE・LOUIS BEYDTS・JEAN COCTEAU
ALFRED CORTOT・RENÉ FAUCHOIS・PAUL
FORT・JEAN GIRAUDOUX・ARISTIDE
MAILLOL・PAUL MORAND
LE R. P. SERTILLANGES
JÉRÓME THARAUD


&


ILLUSTRÉ D'ŒUVRES ORIGINALES DE


GUY ARNOUX・PIERRE BONNARD・LUCIEN
BOUCHER・LOUIS BOUQUET・BRIANCHON
ROBERT CAMI・DESPIAU・DIGNIMONT
DUNOYER DE SEGONZAC・LÉON GARD・JACQUES
LEPAPE・ARISTIDE MAILLOL・BERNARD
NAUDIN・MAURICE-EDMOND PÉROT・UTRILLO


LES LETTRINES, LES BANDEAUX, LES CULS-DE-LAMPE
& LES DESSINS DES FRONTISPICES SONT DE
GALANIS


最初の五行を日本語にするとこうなる。




1429年から1942年まで
すなわち、ジャンヌ・ダルクからフィリップ・ペタンまで
すなわち、フランスの500年の歴史
本書の企画・構成・注釈
サッシャ・ギトリ


1ページ目/サイト「Sacha Guitry」(後述)より
その下には引用されている未刊行テクストの著者と同書のために描かれた挿絵の作者の名前が並ぶ。


それにしてもジャンヌ・ダルクからフィリップ・ペタンまでとはまた面妖なラインナップだ。たしかチラシには「フランスの天才の系譜を提示する本を構想」とあった。ジャンヌ・ダルクはともかくとして、フィリップ・ペタンが天才とはどういうことか。ペタン(Henri Philippe Omer Pétain, 1856-1951)といえば、第一次世界大戦でフランスの国民的英雄となり、ナチス・ドイツ占領下のフランスでは首相をつとめ、(初発の動機はフランス国民の国益を目的としていたとはいえ)親ドイツ的な政策をとったヴィシー政権を率いた人物。戦後には死刑を宣告されながら高齢のため監禁生活を送り、1951年に歿したというフランス史上でもいわくつきの人であったはず。サッシャ・ギトリ(Sacha Guitry, 1885-1957)はこのペタンを天才に数えいれようというのだろうか……。


と思って同書がカヴァーする期間をみなおすと1942年まで、となっている。微妙な時期だ。1942年といえばヴィシー政権の対独協力が、フランスの国益保持から隷属的な対独協力へと堕してゆく転換期である。


などと思いを馳せていると、画面の手がページを繰る。どうやらこの本はページを綴じていないものらしく、二つ折の紙(都合四ページ)が積み重ねられている。手はその一葉*2をとっては一ページ目、見開き(二、三ページ目)、四ページ目を順に見せる。多くの場合、一人の人物に一葉(ときに二葉)をあてている。



同書/サイト「Sacha Guitry」(後述)より
一ページ目には「BALZAC」など、その一葉がわりあてられた人物の名前と挿絵が刷られており、開くと当該人物の手稿やテクストからの引用、関連する図像や楽譜、それにギトリによる注釈がレイアウトされている。カメラは文字が繙読できる距離に寄ったり、挿絵や写真をじっくり見せたりする。ときに、テクストが何人かの読み手によって朗読され、ギトリ本人の声でコメントが付され、譜面があらわれればその音楽の演奏が流れる。さっとページを開いただけでおわるページもあれば、「さぁ、この手稿を読んでみて。筆跡もおもしろいでしょう?」としばらく映されるページもある。


こんな按配で、ジャンヌ・ダルクからはじまり、フランスの歴史上にあらわれた作家、哲学者、科学者、画家、音楽家、彫刻家といった人々がつぎつぎとあらわれる。


映画でテクストを読ませる作家といえば、ストローブとユイレが思い出される。彼/彼女らの作品でもしばしば、スクリーンに新聞記事や書物のページが映し出され、「さぁ、これを読みなさい」と促されることがある。しかし、ギトリのこの映画は、全編が一冊の書物を文字通り読むことに捧げられている点で特異である(といっても愚生が知らないだけで映画史上には他にも類例があるのかもしれない)。つまり、この映画は約1時間をかけて、「De Jeanne d'Arc à Philippe Pétain」という引用の織物である書物を読み・眺め・聴く映画なのだ。


考えてみればなんとまあ贅沢な映画であろうか。すべてのテクストが読み上げられるわけではないにしろ、映像と音楽つきで書物を読み聞かせるというのだから。世間にコンピュータが普及して「マルチメディア」(複合メディア=ビット化可能なデータを質の違いにかかわらず同一に扱える技術。ってつまりコンピュータのことなのだが……)なるものが喧伝された頃、映像と音の再生をともなったハイパーテクストの可能性が語られ、そうした趣旨のソフトウェアも少なからず制作された(百科事典はその最大の成果のひとつだろう)。しかし、そうしたソフトウェアに触れたり制作に携わったりするつど、なにか貧しさのようなものを感じてしまう。その感覚は言ってしまえばミモフタモないことだけれど、たぶん、フラットなモニターにすべてが同居して、用途に応じていずれかのウィンドウが最前に表示される、という道具性に根ざしているように思う。対して、一定の物塊である書物はこちらの用があろうがなかろうが、そこにある。もしギトリのこの書物をコンピュータのソフトウェアとして制作して、自由にさわれるようになったとしても、この映画のなかでそう見えるほどには魅力的に見えないような気がする(もちろんあればうれしいのだけれど)。


この映画、惜しむらくは自分でページを繰ることができない(当然のことながら)。映画を観ながらなんどスクリーンの中に手を伸ばして、そのページを手にとりたいと思ったことだろうか。スクリーンの中の手は、そんなことにはいっさいおかまいなしでページを繰ってゆく。すべてのページを繰りおわると、最後に「FIN」と印刷されたページがあらわれる。ただしその「FIN」は×印で抹消されている。映画制作の時点=1943年〔?〕では、フランス天才の系譜はここでいったん区切らざるを得ないけれど、このあともページは追加されていくということなのだろう。考えてみれば、ページが綴られないままに置かれているのは、いったん登録された「天才」が将来差し替えられうるルーズリーフであることが想定されている、と考えたらうがちすぎだろうか。


劇場をあとにして、インターネット上の書店を何軒か検索してみたところ、同書は実際に市販もされていたようだ。いつか手にとってみたいと思う(あるいは同趣旨の書物をつくる愉悦にひたってみたいと思う)。



先に述べたことと矛盾するようだが、本作品を、やはり引用の織物である、ジャン=リュック・ゴダール『映画史』紀伊国屋書店、2001/11、amazon.co.jp)の日本版DVDのように引用作品についての注釈データベースつきのソフトウェアにして刊行してくれないだろうか。


なお、フィルモグラフィによっては1943年のクレジットになっているが、ここでは本作品を上映した東京日仏学院のチラシに従って1944年と記しておく。


⇒Sacha Guitry > Livres de Sacha Guitry > De Jeanne d'Arc à Philippe Pétain(仏語)
 http://www.albertwillemetz.com/SG/1492-1942.html
 同書についての紹介


⇒Sacha Guitry(仏語)
 http://www.albertwillemetz.com/SG/SG.html
 サッシャ・ギトリの生涯、演劇、映画、書物、デッサンなど充実したサイト

*1:本エントリ中の画像は、すべてウェブサイト「Sacha Guitry」(http://www.albertwillemetz.com/SG/1492-1942.html)から引用している。

*2:正しくはなんと数えるのか?