レオノール・フィニ展(ザ・ミュージアム)


2005年06月18日より07月31日まで、渋谷東急Bunkamura ザ・ミュージアムでレオノール・フィニ(Leonor Fini, 1907-1996)の回顧展が開催されている。


1907年、ブエノス・アイレスに生まれたフィニは、物心つくまえに母に連れられて生地と父のもとを離れ、トリエステ(母の出身地)へと移り住んだ。フィニはその後、1927年にミラノへ、1931年にはパリに中心を移す。フィニの生涯についてはここでは省略するけれど、アイルランドのシンガー・キャッテル・ケイネック(Katell Keineg)のレオノール・フィニの一生(Leonor Fini)を聴くと、フィニの生涯を彩ったさまざまな出来事のアウトラインに触れることができる(同曲は、アルバム『JET』イーストウェスト・ジャパン、1997/07、AMCY-2307、amazon.co.jp〕に収録)。


須賀敦子『トリエステの坂道』
余談になるが、デラシネの彼女が育ったトリエステという場所もまた、古来、主権が激しく交代して領土化/脱領土化を繰り返したデラシネの土地。ケルト人に建設された後、ローマ帝国ヴェネツィア(13世紀)、ハプスブルク(14世紀)、イタリア(20世紀)、ドイツ(第二次世界大戦時にナチスによって占領)などの支配下におかれた。戦後は英米軍とユーゴスラヴィア軍とによる解放後に分割統治され、「トリエステ問題」と呼ばれる領土問題が発生。この問題はようやく1954年に解決をみて英米軍の占領地がイタリアへ、ユーゴスラヴィアの占領地が同国へ帰属する。また、文学史に関心のある向きなら、ジョイスが英語教師として赴任してユリシーズの想を練った土地、あるいはズヴェーヴォやサバといった作家たちを育んだ街として記憶しているかもしれない。


「ヘルメス」(1932)
本展覧会では、フィニの作品をトリエステ時代から晩年まで、五つのセクションにわけて展示し、その作風の変遷を明示している。


初期の作品には、素朴な味わいの肖像画や事後の眼からは後年の主題が萌芽的にしめされているようにも見える「移りゆく日々」などが出品されている。とりわけ印象深いのは、ギリシア神話ヘルメス神を描いたヘルメス(Hermés, 1932)*1で、美少年・美青年として造形されるヘルメスが、ここでは冴えない中年男(?)として描かれている。


シュルレアリスムのサークルと交流をもった1930年代から1950年代の作品にも、頭部と背中の羽以外は骨とそれをわずかに支える筋肉以外の臓器をもたない「骸骨の天使」(1949)のように一度見たら忘れがたいものも多い。この時期のものは、ときおり「女性シュールレアリスト」といった枠組みで展示されるため、フィニの名もあるいは一人のシュールレアリストとして記憶されているかもしれない。


しかし、ここがフィニの作品のおもしろいところなのだが、彼女の作品は時代を追うごとにつぎつぎと変身してゆく。


「鉱物との対話」(1960)
シュルレアリスムとのつきあいを経た後には、一般に「鉱物の時代」と呼ばれる時期が訪れる。この時期の作品では、ここに掲げた「鉱物との対話」(Colloque Minéral, 1960)に見られるように、経年劣化して表面が複雑に酸化した金属のごとく鈍い光を帯びた表皮をもった存在が描かれている。彼/彼女たちは、人間のようであり、アンドロイドのようであり、ときに両者が融合したサイボーグめいた身体をもって描かれている。他方で、これもまた一目見たら忘れることのできないジャン・ジュネの肖像」(Portrait de Jean Genet, 1958)のような肖像画の仕事も継続している。


「旅の道すがら」(1967)
ひとところにとどまることを知らないフィニは、1960年代から、女性を中心においたエロティシズムをテーマにとりあげてゆく。フィニのこうした試みがどのような動機に促されたものであるのか、またこれらの作品は同時代からどのように受容されたのか、興味の尽きないところだ。


本展覧会には、絵画のほかにも彼女が映画や舞台のためにデザインした衣装や仮面なども出品されており、活動の多様さを垣間見させる内容。なお、彼女が書いた小説『夢先案内猫』(北嶋廣敏訳、工作舎、1980、amazon.co.jp)が工作舎の叢書「プラネタリークラシクス」から刊行されている。


Bunkamura > ザ・ミュージアム > レオノール・フィニ
 http://www.bunkamura.co.jp/museum/event/fini/index.html


⇒LA GALERIE MINSKY [LEONOR FINI](仏語/英語)
 http://www.leonor-fini.com/


⇒KATELL KEINEG(英語)
 http://www.katellkeineg.com/


⇒Lyrics > Leonor Fini(英語)
 http://users.rcn.com/samlambert/katell/lyrics.html#leonor


工作舎 > 『夢先案内猫』[詳細]
 http://www.kousakusha.co.jp/DTL/dreamcat.html

*1:仏語読みをすれば「エルメス