2001年の暮れに、吉田武氏の『オイラーの贈物』がちくま学芸文庫に入ったとき、ちょっと新鮮な印象をもったことを覚えている。文庫では、横書きで数式が列挙されるスタイルの数学書をあまり見かけることがないからだった。数少ない例のひとつが岩波文庫で、デーデキントの『数について——連続性と数の本質』(河野伊三郎訳、岩波文庫青924-1、1961/11)や高木貞治の『近世数学史談』(岩波文庫青939-1、1995/08)といった作品が収録されている*1。それにしても、文庫には理系の書物が少ない。
ちくま学芸文庫から創刊された新シリーズ「Math&Science」は、この空白を埋める好企画だ。
創刊にあたってこんな言葉がパンフレットに刷り込まれている。
通勤電車のなかにピタゴラス、カフェにはアインシュタインがいたりしたら、面白いと思いませんか? 「ちくま学芸文庫 Math&Science」はそんな発想から始まりました。数学や物理学の本は、高価だったり重かったり絶版だったり、手に入れづらいものが少なくありません。天才たちと対話するように、文庫で手軽に理系の古典・名著を読んでほしい——そんな夢をのせて、わたしたちは新しい文庫を発刊します。
そして第一回配本の三冊を見ると、「ひょっとしたらあんな本も、こんな本も入るのかしらん」と期待が高まる。
★佐々木力『数学史入門——微分積分学の成立』(ちくま学芸文庫サ19-1、2005/12、amazon.co.jp)
近代解析学が成立する過程を歴史の中に置き戻して考察した一冊で本文庫のための書き下ろし。
・序論 数学史とはいかなる学問か?
・第1章 古代ギリシャの遺産——公理論的数学と幾何学解析
・第2章 アルキメデスの求積法
・第3章 ユーラシア数学とアルジャブル
・第4章 ヴィエトとデカルトの代数解析
・第5章 ニュートンとライプニッツの微分積分学
・結論 その後の近代解析学の展開
★ダーフィト・ヒルベルト『幾何学基礎論』(中村幸四郎訳、ちくま学芸文庫ヒ8-1、2005/12、amazon.co.jp)
David Hilbert, Grundlagen der Geometrie(7. Aufl., 1930)
「幾何学基礎論」(表題作)、「数の概念について」(Über den Zahlbegriff)、「公理論的思考」(Axiomatisches Denken)を訳出した書物。邦訳書の親本は、『幾何学基礎論』(弘文堂、1943; 清水弘文堂、1969)。文庫化にあたり、佐々木力氏による解説が付されている。
★P.A.M.ディラック『一般相対性理論』(江沢洋訳、ちくま学芸文庫テ5-1、2005/12、amazon.co.jp)
Paul Adrien Maurice Dirac, General Theory of Relativity(1975)
アインシュタインの一般相対性理論は、物理世界を記述するのに曲がった空間を必要とする。だから、物理の上っ面をなでるだけの議論では満足できないという人は、曲がった空間をあつかう正確な方程式をたててかからなければならない。それをする方法は確立されているが、しかし、やや複雑である。アインシュタインの理論を理解したいと思う学生は、これを、どうしてもマスターする必要がある。
(同書「はじめに」より)
この Math&Scienceシリーズ、来月の予定には、森毅『位相のこころ』、フリーマン・ダイソン『宇宙をかき乱すべきか』(鎮目恭夫訳)が予定されている。いずれも楽しみな書目だ。