ゲーム開発の現場にいると、ゲーム・デザイナー(企画者)は「にわか×××」になることがある。たとえばにわかシナリオ・ライター。ゲームのシナリオが必要だとなると、ゲーム・デザイナーがにわかシナリオ・ライターとなってこしらえる。もちろんほとんどの場合、ゲーム・デザイナーはシナリオ書きの専門的訓練を受けているわけではないからぶっつけ本番だ。同様にゲーム・デザイナーは必要に応じてにわか映像作家、にわか作曲家、にわかデザイナー、にわか物理学者、にわか経営者、にわか軍事評論家、にわかスポーツ解説者、にわか心理学者などなど、自分でもこんなににわかなことばかりでいいのかと思うくらいさまざまなにわか×××になることがある。


その一つに「にわか建築士」がある。なぜかといえば、ゲームの舞台となる場所の景観や地形、建造物が必要となる場合、その基本設計はやはりゲーム・デザイナーが行うからだ。具体的な3次元データの制作はグラフィック・デザイナーに任せることになるのだが、その前段階のスケッチや設計はゲーム・デザイナーが行うことになる。というのも、ヴィジュアルだけでなく、そのゲームの要件にあわせた設計が必要だからだ。


そこはどんな世界か、どんな風土か、どんな文化があり、そこにはどんな建造物があるのか。ゲームがその建造物の内部を舞台とする場合、もちろん建築物の内部も考える必要がある。するとにわか建築士は、なれない手つきで図面を引くことになる。もちろん建築図面の訓練など受けたことはない。平面図らしきものを描き、空間と空間の関係をつける。3次元で表現するゲームなら床から天井までの高さ、壁面の形、そこに備え付けられる調度品も考える。


これをグラフィック・デザイナーに(場合によっては自分で)3Dソフトで描き起こしてもらう。データをもらい、実際にその中をゲームのキャラクターを使って歩きまわり、そのキャラクターがとるはずのいろいろなアクションを試す。すると、図面を描いたときには思ってもみなかった問題がぼろぼろと出てくる。低すぎる天井、狭すぎる廊下、ありえない勾配の階段、見目の観点からしつらえた要素が行動を邪魔する障害物になる etc。うーむとうなりふたたび図面に修正をいれる。こうしてあくまでゲームのためのものではあるが、空間をデザインしていく。



こんなことを繰り返しているうちに、実際の建築家はどうやって空間を把握し、それをデザインしているのかということが気になりはじめる。彼らは図面をどうやって引いているのか。図面を描くとき、なにを考えているのか。はじめに思いつくアイデアをどうやって具体的な形にしてゆくのか。そう考えながら建築家の書いたものや描いた図面、あるいは実際に造られた建築物をみてゆく。そこで改めて気づくのは、多くの場合、当該建築物について語られる当初のアイデアや図面と完成した建築物のあいだには、余人からはうかがいしれない深淵があるということだ。なぜなら、「事物は時間を抹消し一気に私たちの眼前に現れる」(中谷礼仁『セヴェラルネス——事物連鎖と人間』鹿島出版会、2005/12、、amazon.co.jp)からであって、いったんできあがったモノが一挙に目の前にあるとき、それが造られる過程でなにが起ったのかということは、よほど目が利かなければ見てとることはできない。建築には秘密がある(そう思えばことは建築に限らず私たちの身のまわりは秘密だらけだ。)。




このたび、アセテートから刊行された『July2001〜May2004 Ryoji SUZUKI Architect』(acetate 007, acetate, 2006/02)は、そんな建築の秘密を惜しげもなく公開した一冊だ。


この書物、建築家・鈴木了二(すずき・りょうじ, 1944- )氏の物質試行47・金刀比羅宮プロジェクトに関する四冊のノートをノン編集でそのまま書物にしたものだ。建築のためのエスキースを中心に、事務的なメモや打ち合わせのノート、あるいは講義にかかわると思しき建築史にまつわる覚書が400ページに及ぶヴォリュームに集成されている。もちろんこれは思索と創作の痕跡であって、眺めたからといってにわかになにかがわかる類いのものではない。しかし角度アングルを変え、時を変え、発想の仕方を変えながらそのつど書きつけられているエスキースには、間違いなく建築家が空間を把握し、形を与えていくその流儀のエッセンスがあらわれている。


建築家ならぬ私などがそう言えば却って眉唾になるおそれもあるけれど、帯にある「建築を志す者におくる、最も近い迂回の書」の言葉には一点の偽りもない。もちろん門外漢の私がそうであったように、たとえ建築家を目指すという意味で建築を志してはいなくても、空間のつくられ方に関心を抱くすべての人に、この書物はそうした思索と創作のための手がかりを見せてくれるのだ。


先ほど「ノン編集」と書いたが、もちろんこれは手抜きという意味ではない。一方にフォーマットにテキストを流し込むというDTPの方法があるとすれば、本書のやり方はその対極にあってもっとも手間のかかる編集だといってもよいと思う。なにしろノートに書かれているという以外はすべてのページがまったく異なる相貌をもっているのだから。なお、ノートのほかに、建築現場や完成した建物の写真、その図面などが併録されている。


⇒acetate > 『July2001〜May2004 Ryoji SUZUKI Architect』
 http://www.acetate-ed.net/bookdata/007/007.html
 編集出版組織体・アセテートのウェブサイト


鈴木了二建築計画事務所
 http://www.ryoji.co.jp/


金刀比羅宮プロジェクト
 http://www.konpira.or.jp/news/loft/2003_2004/0010/2004_completion/2004_completion.html


⇒作品メモランダム > 2006/02/15 > 中谷礼仁『セヴェラルネス』
 http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/20060215