新潮社の季刊誌『考える人』前号(2011年冬号)から、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」という連載を始めさせていただきました。
これは、主に書かれたことばを中心に、その意味内容はもちろんのこと、従来の文体論、スタイル論を踏まえつつ、もっぱらデザインの領域の仕事として、書くこととは分離されてきたことばの姿形、また、そしてそうしたことばを実現する物理的な媒体を視野に入れて、ことばの諸相について考えてみようという企てです。
第1回は、前号(2011年冬号)に連載全体への前口上として「文体とは「配置」である」ということを書いてみました。もうすぐ発売になる次号(2011年春号)掲載の第2回では、「時間と空間に縛られて」というテーマで、短い文章のあり方について考えています。
要するに、ことばとは人間が使うものである以上、人間の生物学的な条件や、私たちが生きるこの世界の構造を前提とするほかはなく、そのことは書かれることばのうえにも、いろいろな形で反映しているということをあれこれ眺めてみようという趣向です。「空飛ぶモンティ・パイソン」のあるスケッチを枕として、映画字幕、本の背表紙、数式などを題材に選んでみました、と言ったら、通常の文体論とはだいぶ様子が違っていることはご想像いただけると思います。
管見では、従来行われてきた文体論の多くが、いわゆる「文学」的な題材を中心に、その文体、文章のスタイルを論じてきました。しかし、古代メソポタミアの楔形文字の時代からこの方、小説や詩に限らず、はるかに多様なことが、ことばや文章によって書かれてきています。分かりやすい例を挙げれば、自然科学や数学の文章はその典型です。もし「文学」がことばの使われ方を検討するものであるとすれば、もう少し積極的に、そうした「理系」の文章についても考察してよいのではないか。あるいは逆に、「理系」の学術といえども、とどのつまりはことばや文章を駆使することで成り立っているということの意味を、突き詰めて考えてみたいという次第です。
連載第2回の今回、短い文章の一種として数式を考察しているのも、そうした狙いからのことでした。詳しくは、お読みいただけたらと思いますが、要するに現在私たちが、数字やアルファベットや記号で書いている数式も、元を糺せば文章です。では、文章で書かれていたものが、どのようにしていま私たちが馴染んでいるような姿形になったのか。そう変化することで、何が起きたのか。今回はまだ、短い文章、単文の範囲なので、必ずしも十分ではありませんが、その一端を書いてみています(やがて数学の証明や物理学の論文のように、数式が操作・展開される例も考察する予定です)。
あまり理系的な話題を強調すると、そうしたものにアレルギーをお持ちの読者に敬遠されてしまうかもしれませんが、理系/文系といった分類にとらわれず、それこそ発掘された木簡や墓碑のことばから、お役所の文書や商品の説明書、小説や新聞記事、あるいは人工言語やプログラム言語といったものについても考察してゆこうと目論んでいます。
ついでに申せば、この連載では日本語以外の言語についても、できるだけ原語のかたちを示そうと考えています。例えば、今回も古典ギリシア語やアラビア語の文字を、原語で表記させていただいています。
といっても、衒学趣味からそうするのではありません。こうした場合、「わかりやすさ」のようなものを優先して、外国語は片仮名に音写するようなことも多いかと思います。それはそれでもちろん理に適った考え方で、私も場合によってそのように表記することを選びます。しかし、今回は、ことばの意味内容だけでなく姿形をも眺めてみようという趣旨に照らして、たとえそうした文字を見慣れぬ人にとって違和感を催させるものであっても、見慣れぬ文字であるというそのこと自体も含めて、知覚していただけたらと思ってのことでした。
という楽屋裏はともかくとして。今回盛り込もうと思って準備していた文章のサンプルが、まだまだたくさんあるので、今回に続いて次回、もう一度そのことについて考えを巡らせてみたいと思っています。そこでは、アフォリズムや各種の短詩なども扱う予定です。この連載の隠れたテーマである、人間の認知や記憶ということについても少し踏み込んでゆくことになろうかと思います。
私たちがものを考えたり、意思疎通をする重要な道具であることばについて、柔軟に、多様な角度から考える手がかりを積み重ねてゆきたいと念じています。
最新号の特集は、「続・考える仏教――「仏壇」を遠く離れて」ということです。詳しい目次なども、近く同誌のサイトに掲載されると思います。
また、同誌前号に掲載していただいたブックガイドについて、こんな紹介も書いていただきました。あわせてご覧いただけたら幸いです。そういえば、同誌はこのたび、第1回「雑誌大賞」のグランプリを受賞したとのことです。同誌を創刊した前編集長の松家仁之さんが、村上春樹さんと泊まり込みで行ったロングインタヴューを掲載した号(2010年夏号)が対象となっています。
⇒新潮社 > 『考える人』
http://www.shinchosha.co.jp/kangaeruhito
⇒新潮社 > 『考える人』 > 2011年冬号 > 特集紀行文学を読もう その4 ひとは旅する動物である――紀行ブックガイド5000年
http://www.shinchosha.co.jp/kangaeruhito/high/high171.html