「いつかこの人物について、その全体をしっかり見渡してみたい」と思う相手が何人かいます。三枝博音(1892-1963)は、私にとってそんな人物の一人です。
今回は、ヘーゲル先生の「エンチクロペディー(Enzyklopädie)」という講義、あるいは書物についてあれこれ穿鑿する過程で、以下の書物を手に取りました。
★三枝博音『ヘーゲル・論理の科學――其把握の爲に』(刀江書院、昭和6年2月15日)
といっても、目下の関心事は、ヘーゲル哲学の内容ではなくて、彼が「エンチクロペディー」という語をどういうつもりで使っていたかということです。
それで、ことのついでとばかり、これまでヘーゲル先生の「エンチクロペディー」を訳したり解説したりしてきた研究者たちが、「エンチクロペディー」なる言葉について、なにを言っているか(言っていないか)ということを調べているのでした。
同書の目次は以下の通り。書物には、それらしきことは書かれていませんが、おそらくここに並べられた文章は、それぞれ別の機会に書かれたものだと思われます。
序説
一 ヘーゲル論理学の特質
二 体系としての論理学
三 論理学の部門の区別
四 論理学の端初
五 形式論理学及び純粋論理学
第一篇 有論
一 第一領域有論の把握のために
二 有医療域の区分――質・量・度合
三 質及び量の転移について
四 質に於ける諸範疇
五 質の量への移行(其一)
六 質の量への移行(其二
七 度合
第二篇 本質論に於ける反省諸規定
一 序
二 反省
三 反省の三側面
四 反省諸規定
五 結語
第三篇 ヘーゲルの弁証法及び其他
一 論理的なものの三側面(ヘーゲル弁証法)
二 ヘーゲル論理学の要領
三 『論理の科学』と『法律哲学』との連環
四 『精神現象学』とその後に於ける著作
五 ヘーゲルに対する曲歪の批判――ニコライ・ハルトマン批判
(ただし、漢字表記は現代のものに改めてあります)
三枝博音は、同書においては、基本的に『エンチクロペディー』と音写していますが、一箇所だけ書名を翻訳しているところがあります。
『哲学的諸科学集成』(Enzyklopädie der philosophischer Wissenschaften im Grundrisse)
(p.230)
Wissenschaftenを「科学」とするか「学問」とするかは、判断の分かれるところかもしれません。三枝がこの書物を公刊した当時(昭和6年=1931年)でも、「科学」というと学術の一領域(自然科学のことだと思われます)を指すから適切ではないとの批判があったようです。
上記では、Enzyklopädieは、「集成」という言葉に移されています。これは後に長谷川宏氏が、『エンチクロペディー』を訳した際に「集大成」としたことにも通じる訳語だと思います。
だからなんだという話ですが、いえ、前からこの「エンチクロペディー」という語を怪しい(よく分からん)と思ってきたものですから、つい気になるのでした。