ジャン=ルイ・ド・ランビュール編『作家の仕事部屋』(中公文庫)

ジャン=ルイ・ド・ランビュール編『作家の仕事部屋』(岩崎力訳、中公文庫ラ3-1、中央公論新社、2023/07/25)
Jean-Louis de Rambures, Comment travaillent les écrivains, éditions Flammarion, 1978

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1979年に中央公論社から刊行された本の文庫版が刊行された。

評論家・ジャーナリストのジャン=ルイ・ド・ランビュール(1930-2006)が「ル・モンド」紙の文芸特集欄に掲載した25人の作家たちへのインタヴューをまとめた本。

原題は「作家たちはどのように仕事をするか」で、ランビュール氏は以下に名前を並べた作家たちに、どうやって、どんな道具で、どんな環境でものを書く仕事をしているのかを尋ねている。

「ある作家が鉛筆をどんなふうに削るか、どんな色の紙を使うか、タイプライターは何社製かをたずねること……もしそれが、言葉と言葉をある種のやり方で集めることによって、ある作家がひとりの読者に、いや何千もの読者に及ぼすあの神秘的な作用について、より多くを知るための迂回路だったとしたら? そう考えただけで、私は、それまで神聖不可侵なものと思えていた山頂に通じる未知のルートの存在を教えられた登山家になり変わったような気がした」とはランビュール氏の言葉。

それにしても、この本に登場する面々とそれぞれの話しぶりをみるにつけても、これをまとめあげるのは一筋縄ではいかなかったのではないかと思われる。目次に並ぶ順に作家たちの名前を並べるとこんなふう。いわゆる小説家だけではないことにもご注目あれ。

ロラン・バルト
アルフォンス・ブダール
エルヴェ・バザン
ミシェル・ビュトール
ジョゼ・カバニス
ギ・デ・カール
エレーヌ・シクスー
アンドレ・ドーテル
マックス・ガロ
ジュリアン・グラック
マルセル・ジュアンドー
ジャック・ローラン
J. M. G. ル・クレジオ
ミシェル・レリス
クロード・レヴィ=ストロース
フランソワーズ・マレ=ジョリス
J. P. マンシェット
A. P. ド・マンディアルグ
パトリック・モディアノ
ロベール・パンジェ
クリスチアーヌ・ロシュフォール
フランソワーズ・サガン
ナタリー・サロート
フィリップ・ソレルス
ミシェル・トゥルニエ

この人たちがものを書く際にどんなふうに仕事にとりくんでいるかを聞き出しているわけで、これはものを書くことや読むことに関心がある人にはたまらなく面白いと思う。

例えば、ロラン・バルトはインタヴュー冒頭で、こんなふうに述べている。

多くの人々が一致して、ある問題をとるに足らぬものと判断する時、一般にそれは重要な問題だということなのです。無意味、それは真の意味作用の場なのです。そのことを忘れてはなりません、決して。だからこそ、ある作家が実際にどのように仕事するかを彼にたずねることは基本的に重要なことだと私には思えます。しかも、できるだけ物質的な水準ーー私としては最低のレヴェルと言いたいほどですがーーに身を置いてそれをたずねる必要があるのです。

(同書、27ページ)

作家がなんの気なしにやっていることは、誰かに尋ねられでもしなければ当人も自覚しないかもしれないようなことが多々あると思う。もちろん尋ねられて、「こうなんですよ」と答えたことがそのまま正しいとも限らない。作家自身が自覚していないこともたくさんあると思われる。

という性質のことだけに、これだけの作家たちの話を並べて読み比べられるのは貴重な機会でもある。

時代は1970年代のことで、執筆の環境がいまとは違う点にも注目しよう。まだパーソナルコンピュータは普及しておらず、執筆の道具としてはペンや万年筆による手書きのほか、タイプライターや電動タイプライターを使うかどうかというのが選択肢だろうか。初稿をペンなどで書いておき、これをタイプに打ちながら手を入れると述べている作家も少なくない。また、執筆手段による文体のちがいのようなことについても述べられている。

また、どんな環境でものを書いているかという話も興味が尽きない。人それぞれで、これが唯一よいやり方といったものはない。ただ、めいめいが試行錯誤を重ねるなかで、自分にとってやりやすい環境を見つけたりつくったりしたのだと思われる。

今回の文庫版では、読書猿さんが解説「結果を約束しない様々な儀礼(プロトコール)」を寄せている。平民君と在野君の対話式で、編者や翻訳についての情報、フランスの知への憧憬があった時代のこと、といったバックグラウンドの話から出発して、「儀礼」という鍵概念を使ってこの本の味わいを論じ、翻ってそれが同書刊行から40年以上を経ている現代の私たちにも大いに示唆するものである、ということを説得的に教えてくれる名エッセイ(対話)で、これも折に触れて読み直したい。

私はこの本があることを、友人の中村健太郎さんから教えてもらい、そんな本があるならぜひとも読みたいと探して手にしたのだった。

このたびの文庫化で、再び手に取りやすくなったことをよろこびたい。

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なお、同趣向の本としては、読書猿さんも解説で触れておられる『パリ・レヴュー』誌に連載されている作家や詩人へのインタヴューがある。

そのうちのいくつかを選んで訳した『パリ・レヴュー・インタヴュー 作家はどうやって小説を書くのか、じっくり聞いてみよう!』(全2巻、青山南編訳、岩波書店、2015)がある。各巻に登場する11名(計22名)のお名前は、写真の帯でご確認あれ。

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その『パリ・レヴュー(The Paris Review)』はいまも刊行されていて、名物インタヴューのThe Art of FictionやThe Art of Poemなども毎号掲載されている。

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関連ウェブサイト

★中央公論新社 > 同書紹介ページ
 https://www.chuko.co.jp/bunko/2023/07/207397.html