こんな本を集めて、お前はなにを企んでいる?


綿谷雪『術』青蛙房、昭和卅九年)


このシンプルな書名の書物は、臙脂色の箱にはいっており、箱の正面四隅に「術」という文字が記されている。本の性格をお伝えするために、「はしがき」の言葉を見てみよう。

「子供は自分の想像力を信じている。
嘘でなくて真実だと、はっきり考えている。だから日々に新しい驚異を経験し育ってゆくのだ。
成人すると、人間は自分の想像を概して信じなくなる。大人たちは空想と虚偽のけじめを知らない。驚異は別世界のものだと思いこみ、不思議や奇型が普通の世間では通用しないのだと思いこんでしまう。
だから人間の成長は、そこで止まってしまうのだ。
なぜ、実際の世界こそ想像以上に奇型であり、キュビズムの世界よりもっと奇怪であると思えないのだろう?
神や妖精は、どうやら精神の領域内のものらしいにしても、すくなくとも魔物のたぐいはむしろ実生活の領域に所属しており、野獣はアフリカのジャングルよりも文明・文化のうずまく大都会に巣食っている、といってもよさそうなものである。
教養のある人たちがそう考えないのは、魔物や野獣を、かれらが形而上学的な遠近法で見ているからなのだ。
世の中をひっかきまわす怪物が、たしかにわれわれの周囲にいるという現実を、正しく認識しなくてはいけない。世界は、そのようにして、まちがいなく弱肉強食状態のうちにだんだん崩壊してゆくのだ……。
私が"怪異"を説き"術"を説き"魔法"を説く理由もまたその点にある。

(強調は引用者による)


で、中身はというと「仙術入門」からはじまって「呪文と護符」、「真言秘密の魔法の種々相」、「火渡りと鉄火術・熱湯術」「空中浮揚術と飛行器巧」ほか、練習すれば身につけられる実践的な解説が満載(九字のきりかたなどもわかりやすく図解)。こんな本に付箋を仰山はって読んでいるあなたはいったい……。


綿谷雪(わたや・きよし)は明治36年生まれ。早稲田大学政経学部卒。在学中は、図書館にこもり、語学に興味を持って「ギリシア語の辞典を出そうと思っていた」。大学一年生のおりに「言語遊戯考」を上梓、柳田國男を驚かせたともいわれる。在学中より作家・真山青果に師事。他方、戸伏太兵の筆名で小説を著す。


なお、本書の奥付には、著者検印が押してあるのだが、その紙に両脚でたちあがっておどっているような蛙の画が印刷してあって、そのおなかの白いところに捺印するしかけ。チャーミングである。


つづきはまた次回。