「絶滅」から生命の歴史を眺める



吉川浩満『理不尽な進化――遺伝子と運のあいだ』(朝日出版社、2014/10、ISBN:4255008035


吉川君の新著が刊行された。朝日出版社第二編集部ブログで、2011年から2013年まで連載された原稿をもとに、全面的に手を入れなおし、加筆を施して成った本だ。


進化論といえば、一見すると専門家以外には用のないテーマに見えるかもしれない。でも、ちょっとそのつもりで考えてみると、実は無縁どころか、私たちは進化論のようなものの見方に囲まれ、どっぷり浸かっている。


例えば、「日本の生存戦略」のような国家や政治の話、「ものづくりのDNA」とか「企業の生き残りをかけた競争」といった技術や経済の話、(いささか旧聞に属すが)「勝ち組/負け組」といった物言い、あるいは「家電製品の進化」といった生活に関わることや「モンスターを進化させる」といったゲームのような身近なものまで、適者生存やなにものかが進化するという見立ては、いたるところで使われている。というか、当たり前のようになりすぎていて、いちいち気に留めないくらいだ。


日本では、明治あたりの文献を読んでいても、一世を風靡したらしいスペンサーを経由して、進化論の発想を社会にあてはめてみる社会進化論の考え方があちこちに顔を出す。「優勝劣敗」「適者生存」という発想を聞いて、「ああ、人間だって社会だってそうだよな」と思った人がこの見方を活用したし、いまでは自覚しないままそういうものだと(どこまで本気でかは別として)思っている人は少なくないだろう。


しかし、本当のところはどうなのか。人びとが当たり前のように馴染んでしまっている進化のようなものの見方や譬えは、どこまで妥当なのか。第一、私たちはなぜそんなにも進化論のような考え方が好きなのか。それどころか「進化」というなにごとかが、この言葉から私たちが想像したり思い描いているようなこととはまるで違う現象だとしたらどうだろう。


『理不尽な進化』は、まさにこのことを探究した本だ。一方には、現在に至るまで自然科学(生物学)において戦わされてきた進化論をめぐる込み入った議論がある。本書はそうした専門家たちによる論争を整理しながら、その根底にある発想に迫り、もつれた糸を解きほぐしてみせてくれる。


他方には、そうした学術において探究される知識が、必ずしも科学者や研究者であるとは限らない私たちにとって、どのような意味を持ちうるのか/持ちえないのか、という問題がある。つまり、人生や経済活動やその他のものごとについて、つい進化論的に見てしまうことがあるとしたら、「どうしてそう考えたくなるのか」「そうした見立ては妥当なのか」という問題である。


とはいえ、こうしたことを自力で考え抜くのはなかなか容易なことではない。そこで本書の出番である。前者(専門家たちの論争史)については本書でも参照・紹介されるように、さまざまな本が書かれてきた。だが、後者について、つまり、そのような議論について一切お茶を濁すことなく論じながら、それを他ならぬ私たちの問題として(も)問い直し、考えることへと誘う書物は稀である。


などと言えば、「なんだか難しそうな本だなあ」としり込みする向きもあるかもしれない。その点はどうかご心配なく。著者の隅々まで行き届いた配慮とユーモアあふれる文体に乗って楽しく読めること請け合いである(嘘だと思ったら、朝日出版社第二編集部ブログで公開されている「はじめに」〔下記「リンク」〕をお読みいただくとよいだろう)。


そうして読み進めてゆくと、自分もまた知らないうちに進化論のような発想にからめとられていたことに気付かされ、うまく行けば憑き物が落ちるかもしれない(あるいは、そこまで行かずとも、なぜ進化論が問題なのかということを自覚できるようになるはずだ)。そればかりか、ページを繰って、ブックガイドを兼ねた注を読むたび、自分でも進化論をめぐる論戦について、もっと近くに寄って詳しく知りたいと思うに違いない。さらに言うなら、進化論というテーマに限らず、知識一般とのつきあい方についても考えるヒントを得られるだろう。


というわけで、自分のものの見方を点検したり、増やしたり、変えてみたい、あるいはそのために必要なものの考え方を学びたいと思うすべての人に、この『理不尽な進化』をお勧めしたいと思う。


■目次

まえがき
・この本のテーマ
・誰のための本か
・この本の由来


序章 進化論の時代
・進化論的世界像――進化論という万能酸
・みんな何処へ行った?――種は冷たい土の中に
・絶滅の相の下で――敗者の生命史
・用語について――若干の注意点


第一章 絶滅のシナリオ
・絶滅率九九・九パーセント
・遺伝子か運か
・絶滅の類型学
・理不尽な絶滅の重要性


第二章 適者生存とはなにか
・誤解を理解する
・お守りとしての進化論
ダーウィン革命とはなんだったか


第三章 ダーウィニズムはなぜそう呼ばれるか
・素人の誤解から専門家の紛糾へ
・グールドの適応主義批判――なぜなぜ物語はいらない
ドーキンスの反論――なぜなぜ物語こそ必要だ
デネットの追い討ち――むしろそれ以外になにが?
・論争の判定


第四章 理不尽に対する態度
・グールドの地獄めぐり
・歴史の独立宣言
・説明と理解
・理不尽に対する態度
・私たちの「人間」をどうするか


あとがき
参考文献
人名索引
事項索引


■書誌


著者:吉川浩満
書名:理不尽な進化――遺伝子と運のあいだ
ブックデザイン:鈴木成一デザイン室
DTP :中村大吾(éditions azert)
編集:赤井茂樹
頁数:422+xxivページ
版元:朝日出版社
発行:2014年10月31日
価格:2200円+税


■リンク


朝日出版社第二編集部ブログ > 『理不尽な進化』まえがき
 http://asahi2nd.blogspot.jp/2014/10/maegaki.html


朝日出版社 > 『理不尽な進化』
 http://www.asahipress.com/bookdetail_norm/9784255008035/


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