猪野健治『日本の右翼』ちくま文庫、筑摩書房、2005/04、amazon.co.jp)#0353


右翼とはなにか? これはわかりやすいようでいて、その実、実体がよくわからないもののひとつではないかと思う。いまふつうに右翼といったら人が思い浮かべるのは、黒塗りで軍歌や演説を大音量で流しながら走る街宣車ではないか。


そもそも「右」という相対的な言葉がわかりづらさを助長している。知られるように、もともとはフランス革命時代の国民議会において議長席から見て右側に革命の急進化に反対する陣営が、左側に革命の急進化を主張する陣営が席についたことから右翼=保守/左翼=革新との区別がはじまったといわれている。


では、右翼=保守と割り切って済むかといえばそうとばかりも言えないからややこしい。現に、右翼=街宣車という連想からもうかがえるように、右翼には民族主義〔ナショナリスティック〕愛国主義者という側面がある(語義矛盾に見えるかもしれないが、別段民族主義的ではない愛国の在り方もあると思う)。他方で、小泉政権下で改革を連呼している自由民主党は、保守党である。他方で、と言ったのは右翼の中には反体制右翼がいるからだ。両者は保守の流儀が違うといえばそれまでだが、まぎらわしいことといったらない。


本書の冒頭で、著者は大川周明(おおかわ・しゅうめい, 1886-1957)の定義を紹介している。

右翼とは左翼に対する言葉であって、左翼とはいうまでもなく社会主義または共産主義のことである。その社会主義共産主義と最も極端に対立しているのは資本主義である。したがって左翼に対する右翼というならば、資本家または財閥こそ右翼と呼ばれるべきものである。

(同書、9-10ページ)


また、津久井龍雄(つくい・たつお, 1901-1989)の言葉として次の言葉も引かれている。

日本において、右翼という名称の中に包含される意味は決して単純ではない。国体主義、国権主義、国家主義民族主義、日本主義、精神主義、武断主義、帝国主義国家社会主義全体主義等雑多な要素がその中に包含され、さらにまた資本主義乃至自由主義、利己主義も含まれる。

(同書、10ページ)


との由。私などには、資本家が右翼に数えられるというところがおもしろい(GHQによる解体を受けるまえの財閥が右翼の資金源であったということを考えればわからなくはない)。しかし、参照点が左翼にあって、その左翼が敵対するものが右翼であるという考え方でゆくとおかしなことになる例も出てくるだろう。たとえば、左翼が反体制だとしたら、右翼はその反対で体制側かといえばそんなことはない、等々。


左右の分類については、かつてノルベルト・ボッビオが『右と左——政治的区別の理由と意味』(片桐薫+片桐圭子訳、御茶の水書房、1998/01、amazon.co.jp)というイタリアでベストセラーになった本のなかで「平等」に対する態度の違いとして左右の違いを析出して見せていたが、いったんは大ざっぱでもよいから日本の文脈で、ああいった分析をしてみせてくれる書物を読んでみたい(探してみよう)。


それはさておき、著者も言うように、右翼陣営の内部でも定義が定まらない多様性がある。にもかかわらず、そうした多様性に対して「右翼」という名前が冠されている。これはどういうことか?


本書は、日本の右翼に限定してその内実を整理した書物。二部構成をとり、第一部では江戸時代末期の倒幕運動にはじまる右翼的な運動から筆をおこし、平成にいたる右翼運動の概観を与える。つづく第二部では、個人に焦点をあてて経歴と思想を解説している。親本は、1973年に日新報道から刊行されたもので、このたびの文庫化で大幅な加筆・訂正が施されているという。右も左もよくわからぬ愚生は、かつて本書によって右翼のなんたるかを教えられたのだった。近頃またぞろ右翼がなんであるのかが判然としなくなってきた。この機会に読み直そう。目次は以下のとおり。解説は、一水会代表・鈴木邦男(すずき・くにお, 1943- )氏。

★第一部 歴史と変遷
・右翼の源流とは?
・右翼と社会主義運動の衝突
昭和維新運動
・敗戦と占領下の右翼
日米安保体制と右翼
新右翼の流れ
・平成のテロ


★第二部 人物と思想
頭山満——大正‐昭和史の陰の支配者
宮崎滔天——アジア革命に賭けたロマンチスト
内田良平——ブラック・ドラゴンの盟主
北一輝——死刑を望んだ”魔王観音”
井上日召——”一殺多生論”の教祖
・吉田益三——関西右翼の巨頭
赤尾敏——反共の鬼将軍
笹川良一——「反共運動停止宣言」の背景
・三浦義一——戦後裏面史の”無謬の黒幕”
児玉誉士夫——回天と挫折の”昭和維新
・星井真澄——キャノン機関で暗躍した浪人
津久井龍雄——叛骨・異端の人
・中村武彦——維新派の論客
・西山廣喜——最後のフィクサー
・小島玄之——”三無クーデター”の理論的支柱
野村秋介——反体制右翼の復権


・あとがき
鈴木邦男「解説」


⇒体制の不条理を斬る——猪野健治のホームページ
 http://www.alles.or.jp/~inokenji/