三浦雅士『夢の明るい鏡——三浦雅士 編集後記集 1970.7〜1981.12』(冬樹社、1984/06)#0416*


村松友視『ヤスケンの海』に触れた5月11日のエントリに灯さんがくださったコメント(下記)に触発されて、三浦雅士『夢の明るい鏡』を手にとる。

たしかに安原顯さんには「破天荒」なイメージがありますし、実際そういう面もあられたことと思いますが、『決定版「編集者の仕事』(マガジンハウス)などは、三浦雅士さんの『夢の明るい鏡−三浦雅士編集後記集1970.7〜1981.12』(冬樹社)と同様、読み始めるとあまりの面白さに時間が経つのを忘れてしまいますね。どちらも絶版になっているのが残念です。平凡な感想ですが、祝祭的な知的シーンを現出させるエディター・シップは、やはり「個人」の力にかかってくるところが大きいのだなと感じます。その意味で、新しい世代からのユニークな個性を持った編集者の方の登場を刮目して待ちたいと思います。

http://d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/20050511/p2 への灯さんのコメント)



本書の著者・三浦雅士(みうら・まさし, 1946- )氏は、『メランコリーの水脈』福武書店、1984; 講談社文芸文庫講談社、2003/05、amazon.co.jp)、『身体の零度——何が近代を成立させたか』講談社選書メチエ講談社、1994、amazon.co.jp)ほか多数の著作のある文芸評論家、あるいは雑誌『DANCE MAGAZINE』、その別冊『大航海』(いずれも新書館)の編集長として知られている。


彼はかつて青土社の雑誌ユリイカ現代思想に編集者・編集長として長く携わっていた経歴をもつ。本書は三浦氏がユリイカの1970年7月号から1975年1月号、現代思想の1975年1月号から1981年12月号に書いた「編集後記」を集成した一冊で、巻頭にインタヴューを、巻末に両誌の総目次を収録している。


ちなみに、目下刊行されているユリイカは第二次ユリイカで、1969年7月に復刊したもの(第一次ユリイカは、1956年10月創刊‐1961年02月終刊)。現代思想は、1973年12月創刊の雑誌である。


1970年代、80年代にこの雑誌がどのように読まれていたのか/読まれていなかったのか、なかなかイメージできないのだが、バックナンバーを集め読むかぎりでは、現在と比べて活気があったように感じられる。とはいえそれは単に、当時の執筆者がいまでは大御所(当時から大御所の方も多数)になっているという事情、あるいは当時特集の対象となったような大きな存在がいなくなり、同様の特集が組みづらい現状からレトロスペクティヴにそう思えてしまうだけかもしれない。いつかこれらの雑誌を70年代、80年代にリアルタイムに読んでいた方々にお話しをうかがってみたいと想う。


ところで本書のインタヴューにおいて三浦氏は、「ぼくらの世代にとっては、編集者というのは隠れているのが美徳だったわけです。姿を現さないのが当然だった。ものを書くなどとんでもない話でね」と、インタヴューを受けることや本書をまとめることに一定の抵抗感を示しながらも、この二つの雑誌を編集しながら考えたり実践したことを縦横に語ってくれている。上記のような関心をもつ読者には非常に参考になるインタヴューである。


端々まで興味深いのだが、ここではユリイカを続けるためにどのように考えていたのかということを述べた箇所を引用してみよう。

三浦 特集に関しては、売るための力点をつくることだけ、それが問題でした。買うか、買わないかを瞬間的に決めさせるのが特集の問題性でしょう。そのときぼくが考えていたのは、まず絶対に売らなきゃいけないということだけでしたね。絶対に売らなきゃいけないという重大問題があるわけね。その重大問題があるけど、売れるという背景にはもうひとつ、ある種の系列の雑誌というか、ぼくらが考えているような雑誌は、ハイブラウでカッコよくなきゃいけないというものもあるわけね。そうでないと売れない。それは一見背反するわけね。ハイブラウでカッコイイというのは、むしろ売れないように見えるわけだ。そこをどう組み合わせるかが一番のポイントになるわけです。売れることだけに集中しようとしたのは、編集部の関心がどうしても尖鋭な方向に向かうに決まっていたからです。自然にしてればそうなるに決まっている。売れなければいけないと思って励んでようやく均衡がとれるということね。自然にやっていれば、どうしても突出していってしまうんだから。


そうすると、確実にこれは売れるというものを連続的に二号つくると。そうして、もう一号はほとんど売れなくてもいいから、よくあれだけやったなというものをつくると。そうすれば二対一の割合で反復性が出てくるわけだ。そうすると一年の反復性もそれによって決定されてくるわけだ。それでそのときに売れる、売れないということも含んだ上で、さっき言ったみたいな意表をつくという要素も入れれば、雑誌の看板でもある「詩と批評」というジャンルをどれだけ拡張できるかという問題がその次に出てくるわけです。そうすると、じつは音楽も美術も「詩と批評」の問題であり、科学もそのほかのさまざまな学問も「詩と批評」の根本的な問題なんだと考えれば、少なくとも十二冊のうちの一冊は音楽、一冊は美術、一冊は純粋な思想的な問題となってきて、そこは、売れなくてもいいからものすごくレベルが高いものとかにしようといおとになってくるわけでしょう。そうすると、一年間の全体の配分が決まってくるわけで、つまり年間の総目次をつくる要領で特集が決定されてくるわけね。

(同書、20ページ)


売れることをねらうだけでもおもしろくないし、売れないけどすごいものをつくるだけでも雑誌は続かない。トータルでバランスがとれればオウケイという考え方は、なかなかいいと思う。「なに当たり前のこと言ってるですか!?」というあなたは幸いである。経済的成長が至上目標でつくるものは全部売れないとダメよ、という現場では(会社が儲かっているか否かにかかわらず)実験的な試みを行うゆとりは皆無なのである。


青土社
 http://www.seidosha.co.jp/


新書館
 http://www.shinshokan.co.jp/


浦川宜也+三浦雅士 対談「文化の交流」
 http://www.kcg.ac.jp/acm/a1106.html