記憶装置としてのカード

「持ってたはずなのに近頃見かけないな」と思っていた本が、電子化した本を放り込んでいるフォルダに見つかるケースがままある。

先日、電車での移動中、iPad Proの画面を見ながら、「そういえば」とたいそう久しぶりに電子書籍管理アプリを起動してみたところ、そこには「どこへ行ってしまったのだろう」という本の電子版(自分でPDFにしたもの)が並んでいるのが目に入った。

「おお、ここにいたんですか」と分類を施した「棚」を見てみると、そうだった、そうだった、この本も裁断してPDFにしたのだったと思い出されたりする。

他方で、こうして目に入るまで、存在を忘れていたものも多々あったりして、なかなかままならない。

私はどうもコンピュータの記憶装置にしまったファイルのことをすぐ忘れてしまうようだ。音楽、映画、ゲームなども同様に山ほどしまってあるものの、大半を忘れて過ごしている。(そんなこともあって『記憶のデザイン』という本を書いたのだった)

これを解決するには、仕事机や書棚に、そうした電子ファイルの存在を思い出させる表示を仕込むのがよいのではないか。

例えば、書棚に電子化してある本をあらわす代本板を置いておくわけだ。

などと時々考えるものの、これまで実行に移したことはなかった。

そんな意味のことを、Blueskyに投稿したところ、コメントをいくつか頂戴した。コメントを読むうちに、かつてTwitterに投稿したアイデアを思い出す。それはこんな投稿だった。

ここに書いたアイデアについて、その後実行していない。

他方で、『記憶のデザイン』(筑摩書房)に書いた「知識OS」というアイデアについては、目下INSTeMという組織の研究メンバーとして、吉川浩満くんとともに実装を目指しているところ。

上記のツイートに記したアイデアも、その一環として考えてみようと思う。

ということを、まとめておかないとまた忘れてしまいそうなので、ここに記しておく次第。

ついでながら、私はTwitterやBlueskyの投稿も、一種のカードのようなものと思って使っている節があるようで、ここに記したアイデアとも重なり合っているのだった。さらに言えば、そうしたSNSへの投稿をカードのように束ねたり、並べたりしたいとも考えている。これはアプリにしてみてもよいかもしれない。