おしらせ

最近のおしらせ

■1.話す

三中信宏×山本貴光×吉川浩満「分ける、つなぐ、で考える——分類と系統樹から見える世界」(ゲンロンカフェ、2017/09/01)

 新著『思考の体系』(春秋社)を刊行された三中信宏さん、吉川浩満くんと鼎談いたします。

 

続きを読む

リンゴをかじる

このところ、リンゴを食べるときには果物ナイフで切りわけて、皮をむいて食べていた。

思い立って、ひさしぶりに丸のままかじってみた。先日、桃を丸のまま皮ごと食べた記憶があったからかもしれない。

映画でときどき、人物が手に持っていたリンゴを服のはしでちょっと磨くような感じでこすってから食べるシーンがある。(と言いながら、具体例を思い出せない)

https://wakespace.lib.wfu.edu/bitstream/handle/10339/18263/ds_zaccheo_021.jpg

 

ちょうどあんな感じで置いてあったリンゴを手にする。

かじりとるとき、ぱきっと塊が外れる感触がある。これは他の果物では、なかなか味わえない。

それを口にほおばってしゃくしゃく咀嚼する。

口のなかに酸味が広がって、ああ、リンゴだと思う。

皮もついているので、少しよく噛む。

 

しばらくリンゴを咀嚼していると、昔飼っていた犬を思いだす。

彼は、エサを入れたボウルに鼻先を入れて、少し口に入れると、首をあげて、どこを見ているのか分からないような顔をして、カリッカリッといわせながら一心に咀嚼する。普段は遊びたがる犬だったけれど、食事中はきわめて真剣である。飲み込み終わると、またボウルに鼻先を入れて食べる。あのカリッカリッという咀嚼音は耳に心地よかった。

リンゴをかじりながら、自分が犬になったような気がしてくる。一口かじりとっては、どこを見るでもなく顔をあげてしばらくしゃくしゃくやる。飲み込んだら、また一口かじってしゃくしゃく。

リンゴが少しずつ小さくなってゆき、あらかた食べるところがなくなったところでおしまい。

手を洗い、口元をぬぐって仕事に戻る。

その前にコーヒーをつくったりして。

 

PInterestにEating Apples!!なるページがあった。


ヴェルナー・ローレヴィンク『時の束』

ヨーロッパとアメリカにおける書物に現れた時間表現を集めた、Daniel Rosenberg and Anthony Grafton, Cartographies of Time: A History of the Timeline (Princeton Architectural Press, 2010)に登場する書物について、ネット上で見られる資料のリンクをご紹介します。

(同書は、吉川浩満くんとの共訳で、フィルムアート社から刊行予定です)

 

カルトゥジオ会士ヴェルナー・ローレヴィンク(Werner Rolevink, 1425-1502)による『時の束(Fasciculus temporum)』。15世紀につくられた年代記のひとつ。

 

ページを少し覗いてみましょう。

以下の画像は、Internet Archiveで公開されているデジタルデータからのものです。

 

巻頭には、アルファベット順の索引もついています。

f:id:yakumoizuru:20170814013613p:plain

 

ページはこんなふうに、線と円と文章で構成されております。

f:id:yakumoizuru:20170814013415p:plain

 

時には挿絵も。

f:id:yakumoizuru:20170814014945p:plain

 

文章のレイアウトは融通無碍。

f:id:yakumoizuru:20170814014253p:plain

 

■関連リンク

⇒慶應義塾大学メディアセンター デジタルコレクション > インキュナブラコレクション > 004 ローレヴィンク『時の束』
 http://dcollections.lib.keio.ac.jp/ja/incunabula/004
 同書について解説があります。

 

⇒Internet Archive > Fasciculus temporum(Venezia, 1485)
 https://archive.org/details/OEXV552P1
 原書のデジタルデータ。ダウンロードもできます。

 

⇒Wikipedia(英語版) > Rolevinck
 https://en.wikipedia.org/wiki/Werner_Rolevinck

 

■関連文献

Cartographies of Time: A History of the Timeline

Cartographies of Time: A History of the Timeline

 

 

『夏目漱石『文学論』論(仮)』

『夏目漱石『文学論』論(仮)』(幻戯書房、2017刊行予定)の初校ゲラを眺めております。

f:id:yakumoizuru:20170813002336j:plain

当初の予定では、もうちょっとスマートというか、しゅっとした本になるはずだったのですが、このままだと前著『「百学連環」を読む』(三省堂)より厚い本になってしまう、いまそこにある危機(危機ではない)。

しかも、序文や附録や索引が入っていない状態でこのページ数。

これでも原稿の段階で相当削ったのです。もう少し見直すのです。

書名はまだ仮なのです。

 

⇒幻戯書房
 http://www.genki-shobou.co.jp/

 

池澤夏樹=個人編集 日本文学全集『源氏物語』(角田光代訳)/『池澤夏樹、文学全集を編む』

2014年の『古事記』(池澤夏樹訳)から始まった「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」(全30巻、河出書房新社)も既刊27巻となり、残るは角田光代さんによる新訳『源氏物語』(3巻)となりました。

その上巻(1帖「桐壺」から21帖「少女」)が9月11日に刊行されるとのこと。 

http://web.kawade.co.jp/wp-content/uploads/2017/08/zenshu04web.jpg

(書影は河出書房新社のサイトよりリンク)

 

この刊行を記念して、9月19日(火)には、角田さんと池澤さんの対談イヴェント「千年読み継がれる『源氏物語』とは何か?」(第276回新宿セミナー@Kinokuniya)も開催される予定です。

 

同時期に『池澤夏樹、文学全集を編む』も刊行されます。

 

 

 

わたくしは、池澤夏樹さんに「世界文学全集」「日本文学全集」についてロングインタヴューを担当しました。 二つの全集についてはもちろんのこと、「全集」について、「文学」について、他の関連対談や講演で池澤さんがお話しされていない(かもしれない)ことをお聞きできたのではないかと思います。どうぞお楽しみに。

 


 

高橋新吉『ダダイストの睡眠』

★高橋新吉『ダダイストの睡眠』(松田正貴編、境界の文学、共和国、2017/08)

f:id:yakumoizuru:20170808234534j:plain

共和国の「境界の文学」シリーズ4冊目は、「発狂詩人」高橋新吉の文集。


巻頭から新吉発狂を報じる『読売新聞』(1922年12月22日)の記事が目に入り、はやくも不穏な気配。

詩はいくらか読んでいたけれど、本書に集められた文章は、はじめてお目にかかるものが大半でした。編者の松田正貴さんによる解説を頼りに楽しみたいと思います。

 

高橋新吉(1901-1987)ということは、今年は没後30年でもあるのですね。

『文豪ストレイドッグス』での登場もまたれます。

 

f:id:yakumoizuru:20170811013250j:plain

 

「ダダは一切を抱擁する。何者もダダを恋する事は出来ない。」
   *
現実と内面、正気と狂気のあわいを超えた、詩的言語の実践。『ダダイスト新吉の詩』(1923)によって一挙に《現代詩》を到来させた日本最初のダダイスト、高橋新吉。虚無思想と禅を基盤とし、時代と社会を超越した14編のほか、解説および略年譜を収録する。

(版元ドットコム紹介文より)

 

■関連リンク

 


■関連文献

鏡のなかのボードレール (境界の文学)

鏡のなかのボードレール (境界の文学)

 
ラングザマー: 世界文学でたどる旅 (境界の文学)

ラングザマー: 世界文学でたどる旅 (境界の文学)

 
タブッキをめぐる九つの断章 (境界の文学)

タブッキをめぐる九つの断章 (境界の文学)

 
ダダイストの睡眠

ダダイストの睡眠

 

 

 

ピーター・メンデルサンド『本を読むときに何が起きているのか』重版

ピーター・メンデルサンド『本を読むときに何が起きているのか――ことばとビジュアルの間、目と頭の間』(細谷由依子訳、フィルムアート社、2015)が重版されたとのことです。

自分の本ではないけれどうれしいなあ。

いい意味でとても変な本。

なにしろ書名にあるように、「本を読むときに(私たちの心身では)何が起きているのか」という、いまだ大いなる謎に包まれた問いに取り組んだ実験の書でありますからして。

この本にも登場するイタロ・カルヴィーノの『冬の夜ひとりの旅人が』(脇功訳、松籟社、1981⇒ちくま文庫、1995)が、『本を読むときに何が起きているのか』刊行当時品切れで残念に思っていたところ、2016年の秋に、藤原編集室の手によって白水社uブックスから刊行されたのもうれしいニュースでした。

 

 

同書に推薦文を寄せた学魔・高山宏先生と対談する機会を頂戴したのも、すでに2年前のことでしたか。最近そんなことばかり言っていますが、なんだか遙か昔のことのように感じます。昨年のいまごろ拙著『「百学連環」を読む』(三省堂)関連のイヴェントをしていたのも、5、6年前のことのように感じるのはなぜでしょうか。

そんなことはさておき、ピーター・メンデルサンド『本を読むときに何が起きているのか――ことばとビジュアルの間、目と頭の間』、未見の方はこの機会にぜひお楽しみいただければ幸いです。