★鈴木忠『クマムシ?!——小さな怪物』(岩波科学ライブラリー122、岩波書店、2006/09、ISBN:4000074628)
世界について人間が知らないことが山ほどあるということを思い出させられるきっかけには事欠かないが、或る生物の生態を知るときにはいっそうその思いを強くする。
それは単に自分がいままで知らんかったことを知るという話ではない。自分が知らないだけで誰か人類の一部が知っていることはゴマンとある。そうではなくて、その生物を専門に研究している研究者にしても、その生物について知れば知るほどわからない謎が残るという場合が少なくないのだ。
岩波科学ライブラリー122冊目として刊行された本書『クマムシ?!――小さな怪物』もまた、そうした謎のありかを指し示す一冊だ。
クマムシ(tardigrades)とは、体長が1mmにも満たない微小生物で、コケなどに生息しているらしい。この生き物にはちょっとした伝説がつきまとっているので、ひょっとしたらどこかで耳にしたことがある人もいるかもしれない。それはこんな伝説だ。
・乾燥すると樽型に変身し、そのまま百年でも生きる。
・真空や放射線でも死なず、電子レンジで加熱されても大丈夫。
なんだかタダモノではない。
ちなみにクマムシをご覧になったことのない方のために、著者による描写を引いておこう。
『となりのトトロ』に出てくる猫バスの肢の数を少なくした感じだが、あんなに速くは走れない。『風の谷のナウシカ』に出てくる王蟲のような装甲を持ったクマムシもいるが、やっぱりあんなに速くは走れない。
(同書、p.2)
たしかに本書の随所に掲載されているイラストや写真を見ると、ちょっと肢が多いシロクマのように見えるものもあれば、肢の少ない猫バスみたようなのもいる(2005年の時点で900種類以上のクマムシが報告されているとの由)。
本書は、そんなクマムシ(って、まったく説明になっていないのだが)に魅入られた生物学者鈴木忠(すずき・あつし, 1960- )氏によるクマムシ入門書。いま、クマムシについてわかっていることとわかっていないことを、著者自らのクマムシ飼育経験の記録とヨーロッパを中心に18世紀から蓄積があるというクマムシ研究史の紹介を交えながら懇切丁寧に教えてくれる好著だ。上で紹介した「伝説」の真偽が気になる方は、ぜひ本書をお手にとられたい。
読み終わるころには、ひょっとしたら、著者と同じように「クマムシの採集と飼育! ああ、なんて素敵な響きなんだろう」(p.16)と、採集と飼育にのりだしたくなるかもしれない。それを見越してか(?)巻末には顕微鏡を使っての観察方法も載っている。かく申す私も、久しぶりに顕微鏡をのぞいてみたい気持ちをそそられた一人である。
本書自体をたのしんだのはもちろんなのだが、岩波書店の力の入れようがなんだか可笑しい(クマムシぬいぐるみまで作っている)。詳しくは下記特設サイトをご覧あれ。
⇒岩波書店 > 『クマムシ』特設サイト
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0074620/index.html
⇒クマムシゲノムプロジェクト(日本語)
http://kumamushi.org/
クマムシの解説、リンク集、文献案内とたいへん充実したクマムシ・サイト
⇒Tardigrades(英語)
http://www.tardigrades.com/
クマムシの画像や動画を見られる
⇒Tardigrade Newsletter(英語)
http://www.tardigrada.net/main.htm
⇒The incredible water bear(英語)
http://www.microscopy-uk.org.uk/mag/indexmag.html?http://www.microscopy-uk.org.uk/mag/artjun00/mmbearp.html