藤森照信『人類と建築の歴史』ちくまプリマー新書012、筑摩書房、2005/05、amazon.co.jp)#0392


藤森照信(ふじもり・てるのぶ, 1946- )氏の新著は『人類と建築の歴史』。「人類と」というところに注目。建築史の本なのだが、「マンモスを食ってたころ」から記述がはじまり、旧石器時代から新石器時代、農耕のはじまりといった先史時代にたっぷりと紙幅を割いている。建築史といえば、年表をたどるようにしてすーっと時代を下るのかと思えば本書はまるでそうではないのだ。


さきほど思わず「建築史なのだが」と述べたけれど、読んでゆくと実はこれが(当然のことながら)必然性に裏付けられたやり方であることがわかる。人と住まう場所との関係、人と建築との関係は、人間の生活方法や使っている道具に規定される部分が大きい。そういえば、「建築」という言葉があらわれるのはようやく60ページも超えたところで曰く。

〔そうした神殿などは〕内部も外観も、神の存在を知らしめす表現として意識的に作り出された。


そのように作られた建物のことを、ここでは〈住い〉とは区別して〈建築〉と呼びたい。


住いは個々人のものだが、建築は個々人を超える神や社会のもので、その時代の人々の共同意識が作り出し、そして一たび作り出されるや、逆に人々の意識を組織化する。

(同書、64ページ)


そしてつづいて日本の縄文時代から高床式、神社建築へと議論は進んでゆく。全六章のうち四章までがこうしたはやい時代にあてられたあと、第五章ではにわかに青銅器時代から産業革命まで」と題され猛スピードでこの時代を眺め、第六章「二十世紀モダニズム」で二十世紀には専用のスポットがあてられたかと思えば16ページで終わる。目次を採録しておこう。

・第一章 最初の住い
 ・マンモスを食ってたころ
 ・米や麦を食べはじめたころ
 ・新石器が可能にした家
 ・家が人にもたらしたもの


・第二章 神の家——建築の誕生
 ・地母信仰と太陽信仰
 ・太陽信仰はなぜ生まれたか
 ・マルタの神殿
 ・建築の外観の起源


・第三章 日本列島の住いの源流
 ・社会の成立と土器の充実
 ・縄文時代の竪穴式住居
 ・縄文住居は美しかったか
 ・鉄器と稲作と高床式住居
 ・家屋文鏡


・第四章 神々のおわすところ
 ・遺跡にみる日本の神の住い
 ・神社建築の誕生
 ・神社建築スタイルの確立


・第五章 青銅器時代から産業革命まで
 ・国ごとに異なる古代建築
 ・四大宗教時代の建築
 ・大航海時代から始まる変化


・第六章 二十世紀モダニズム
 ・歴史主義建築はなぜ消えたか
 ・モダニズムと日本の伝統
 ・人間の造形感覚
 ・振り出しに戻った人類の建築


・あとがき——初めての建築の本


ご本人もあとがきで「破天荒」かもしれない、と書いておられる。建築の様式をまんべんなくたどるというスタイルに慣れてしまった身にも本書の構成は破格に見える。しかし、なぜ人は建築をするのか? という問題を考えはじめるためにはどうしたって本書で大きく扱われている建築以前以後の境界線やそうした画期をなす建築にとどまってものを考えることになる。それにきっかけはともあれ本書を手にした読者は、この読書によって与えられる助走を受けて、そのまま建築史の森へわけいってゆきたくなること必至である。そう考えると、本書は「初めての建築の本」としてきわめて高性能であることがわかる。もちろん既に建築の森へ足を踏み入れている人にとっても、古今東西の建築を渉猟して歩くこの建築史家の眼から得るものは少なくないのではないか、と推察する。



なお、藤森氏についてはユリイカ第36巻第12号、2004年11月号(青土社、2004/10、amazon.co.jp)を参照されたい。「特集=藤森照信——建築快楽主義」と題して藤森氏を特集している。多数の論考はいずれも複雑面妖(?)一筋縄でゆかぬこの建築(史)家を鏡にしていることもあり愉悦に満ちたものが多い。自筆年譜、主要著作解題、全建築作品解説など資料も充実している。


ところで、先だっての「特集=ブログ作法」について書かれたコメントを読んでいたら、「『ユリイカ』って詩と批評の雑誌ですよね(なのになぜ?)」という趣旨の文章が少なからずあった。気持ちはわからなくもないけれど、ユリイカが純粋な「詩」の雑誌であったのは遠い昔のことであり、バックナンバー一覧(青土社目録に特集一覧が掲載されている)を眺めればわかるようにすでに30年前から一概に詩とはいえないものを特集しつづけている。というよりも本誌は「詩の批評」の雑誌ではなく「詩と批評」の雑誌である。批評とは何を俎上にのぼせるものかといえば、あらゆるものを、であろう。それとは別に「詩と批評」はいったいいかなる資格において「と」で併置されているのか? という問いがあるとしても。


⇒筑摩書房
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青土社
 http://www.seidosha.co.jp/index.html


⇒『ユリイカ 詩と批評』特集一覧
 http://alisato.parfait.ne.jp/book/eureka/