★北野圭介『日本映画はアメリカでどう観られてきたか』(平凡社新書285、平凡社、2005/08、amazon.co.jp)
日本映画は、アメリカでどのような評価を受けてきたのか?
そういえば、たまさか個々の批評家や映画監督が日本映画やクロサワやオオシマについて語るのをそのつど点として断片的に読むことはあっても、そうした点と点がどのように線となっているのかということはなかなか知る機会がない。なるほど、ドナルド・リチーの黒澤・小津論やデヴィッド・ボードウェルの小津論は翻訳もされているものの、彼らの仕事だけを見てアメリカの黒澤受容、小津評価を代表させるわけにもいかないだろう。
本書は、戦後日本映画がアメリカでどのように受容・評価されてきたかの一端を通時的に検討した書物で、1952年のアメリカでの『羅生門』(黒澤明監督、1950/08)公開時の評判からはじまり、溝口健二、大島渚、小津安二郎、伊丹十三、大友克洋といった監督の作品に関する評価がトレースされている。北野氏はさすがに手堅く、1950年代から現在にいたる日本映画受容の歴史を、アメリカにおける時代背景、当時の日本観や政策、映画批評のモードを踏まえたうえで、新聞雑誌に掲載された(とはつまり、同時代に速報として書かれた)映画評論を手がかりにその変遷を検討している。
1952年公開の『羅生門』受容の時期には、幾分戸惑いが目立った評価も、続く『雨月物語』(溝口健二監督、1953/03)では安定し、以後もジャンル批評、作家主義批評、前衛映画解釈理論など、さまざまな観点による解釈と評価がなされてゆく様に立ち会うことは非常に刺激的だ。この考察ではもちろん、新書というヴォリュームのなかで限られた作品が扱われているわけだが、議論の道筋を追ううちに、それらの作品と前後してアメリカの劇場にかかった他の映画作品はどのような評価をうけたのか、ということへも関心を向けられる。
目次は以下のとおり。
・はじめに
・第一章 「日本映画」の登場
1 事件としての『羅生門』
2 安定していく日本映画の「居場所」
・第二章 黒澤、溝口と作家主義批評
1 偉大なる「日本映画」
2 映画研究の誕生と日本映画
3 近代化論のなかの日本、そして日本映画
・第三章 西洋を揺るがす日本
1 大島渚という騒乱
2 小津安二郎はいかに愛されたか
・第四章 似たもの同士? 異国の神秘?
1 伊丹十三のスノビズム
2 羨望と不安のまなざし
3 日本アニメの嵐
・おわりに
本書はこのように、映画受容史の一端を教えてくれる本だが、同時にそれは「日本映画」を「自国」の映画として受容する鑑賞者の眼を揺さぶり、その無自覚や無意識を教えてくれる本でもある。本書にとりあげられる作品を観たあとで該当する箇所を読んでみる、というのもこの本の使い方だろう。
また海外のニュース・サイトには、1950年代や古いニュース記事を検索できるものもある。そうしたサイトでたとえば "Rashomon Kurosawa" といった検索をかけてみると、北野氏が紙幅の都合上触れていない多くの関連記事も読むことができる。
それぞれの映画作品について、褒める/貶すといった内容の如何を問わず、世界中で書かれた批評を集成したらそれだけで相当おもしろい文化誌ができるのではないかと思う*1。
目下のところ、本書は北野氏の二冊目の単行本である。一冊目の『ハリウッド100年史講義』も啓発的な作品だったが、次はぜひ本格的な映画論を上梓していただきたいと思う。
北野氏には、以下の作品がある。
★『ハリウッド100年史講義――夢の工場から夢の王国へ』(平凡社新書、平凡社、2001/10、amazon.co.jp)
★伊藤守編『メディア文化の権力作用』(せりか書房、2002/06、amazon.co.jp)
北野氏は「初期映画をめぐる文学的想像力」を寄せている。
北野氏の書物とは直接関係ないのだが、先ごろ刊行された『成瀬巳喜男の世界へ』(リュミエール叢書36、筑摩書房、2005/06、amazon.co.jp)に収録された大久保清朗氏(id:SomeCameRunning)の論考「ニューヨークのキミコ」も、成瀬巳喜男『妻よ薔薇のやうに』(1935/08)のアメリカでの受容を再検討に付すもので興味深く読んだことを追記しておきたい。同書については別途メモランダムをつけたい。
また、類書に次の書物がある。
★スーザン・J.ネイピア『現代日本のアニメ 『AKIRA』から『千と千尋の神隠し』まで』(中公叢書、中央公論新社、2002/11、amazon.co.jp)
★草薙聡志『アメリカで日本のアニメは、どう見られてきたか?』(徳間書房、2003/07、amazon.co.jp)
⇒新潟大学 > 人文学部 > 北野圭介
http://researchers.adm.niigata-u.ac.jp/public/43269026_a.html
新潟大学ウェブサイト掲載のプロフィール
⇒Some Came Running
http://d.hatena.ne.jp/SomeCameRunning/
大久保清朗氏のウェブログ
以下はことのついでに、平凡社の2005年08月新刊書から、括目の作品を。
*1:こんなことばかり言ってますが(実際おもしろいと思います)。