大野裕之チャップリン再入門』(生活人新書、NHK、2005/04、amazon.co.jp)#0351


チャップリンに関しては、いろんな本に出てるので、よっぽど個性的な特別な質問をしなきゃだめだよ」とは、淀川長治(よどがわ・ながはる, 1909-1998)さんのお言葉。かつて本書の著者・大野裕之(おおの・ひろゆき, 1974- )氏が池内美砂氏とともに行ったインタヴューで淀川さんが開口一番に言ったことだ(インタヴューは、後述の『チャップリンのために』に収録)。


きけばチャップリンに関する書物は1970年代の時点で2000件を超えるという。


対象とそれをとりまく言説の蓄積が大きければ大きいほど、そこに新たなものを付け加えるのは困難だ(もっともそんな慎みとは無縁の書物も大量に出ているわけだが)。


本書、チャップリン再入門』は、チャップリンの生涯と作品を年代順に追いながら、その変化と一貫性を浮かび上がらせた好著で、なにより読み物として愉しい一冊だ。本書を読了した暁には、チャップリンの映画そのものを観直したくなる(未見の人なら観たくなる)にちがいない。


それだけなら、よくできた入門書といって終わるところなのだけれど、本書はそれにとどまらない。その真髄は、NGフィルムの分析に裏付けられた作品解釈の提示にある。


著者によれば、サイレント時代には、NGフィルムは焼却処分されて残らないのだが、チャップリンに関しては偶然の積み重なりによって400巻が伝存しているとの由。大野氏は、目下英国映画協会(British Film Institute)に保管されているこのNGフィルムのすべてに眼を通しこれを整理・分析したというのだ(その成果の一部は、チャップリンのために』にも収録されている)。



当たり前のことだが、NGフィルムを完成されたフィルムと比較することによって、チャップリンが編集作業の過程をつうじて、何を取捨選択したのかを知ることができる(もちろん、その比較から何を見てとるかは研究者に負うものだ)。大野氏はこの比較の作業を通じて、「放浪紳士チャーリー」像が形成される過程を分析してみせてくれるのだけれど、これは映画研究者ならぬ門外漢にとってもまことにおもしろい議論。このくだりを読むためでも本書を読む価値があると思う(先にも書いたとおり本書全体もすぐれておもしろい)。


また、巻末には、『独裁者』(The Great Dictator)』(1940)で、ヒンケル(独裁者)の似非ドイツ語による演説の「解読」が附録として収録されている(似非ドイツ語といえば、イギリスのコメディ番組「モンティ・パイソン」でもしばしば似非ドイツ語による演説がネタになっていた)。これは、2004年に大野氏の監修によって発売されたチャップリンのDVD-BOXセット『ラヴ・チャップリン! コレクターズ・エディション』(全2セット、ジェネオン・エンタテインメント, amazon.co.jp)の解説本のために作成されたものを再掲載したものとのこと。本文中には、「翻訳」の試みもあってありがたい。これを手に、もう一度『独裁者』を観てみよう。


最後に、本書の目次は以下のとおり。

・はしがき——現在のチャップリン
・第1章 1889年 チャップリンの帝国
・第2章 1918年 チャップリンの失敗
・第3章 1928年 チャップリンの性
・インターヴァル 1932年 チャップリンの日本
・第4章 1940年 チャップリンの戦争
・第5章 1952年 チャップリンのユーモア
・あとがき——1977年12月25日 そして、チャップリンの現在
・謝辞
・参考資料〜もっとチャップリンを知りたい人のためのガイド
フィルモグラフィー
・巻末付録 ヒンケル語の「解説」



なお、大野氏には次項で述べるチャップリンのために』のほか、共著に、Chaplin: The Dictator and the Tramp(Frank Scheide + Hooman Mehran 編著, British Film Institute, 2004/07, amazon.co.jp)がある(後者は未見なのでこれから読んでみようと思う)。


また、目下入手できる範囲では、新書で書かれたチャップリン書には次のものがある。


★岩崎昶『チャーリー・チャップリン』(講談社現代新書335、講談社、1973/01、amazon.co.jp


★江藤文夫『チャップリン』(岩波ジュニア新書、岩波書店、1995/02、amazon.co.jp


たんなるついでだが生活人新書の映画書には次のものがある。


★芦原伸『西部劇を読む事典』(生活人新書082、NHK、2003/10、amazon.co.jp


⇒とっても便利 > 大野裕之
 http://www.benri-web.com/MEMBERS-PROFILE/members-ono.html


⇒British Film Institute(英語)
 http://www.bfi.org.uk/


⇒BFI > Charlie Chaplin(英語)
 http://www.bfi.org.uk/chaplin/index.html